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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)9000号 判決 1964年3月14日

国民金融公庫

理由

一、本案前の抗弁について

本件連帯保証契約に基ずく債権につき被告が右債権の不存在を主張して原告に対し公正証書に基ずく強制執行の排除を求め請求異議訴訟事件を提起し、渋谷簡易裁判所昭和三六年(ハ)第六二号として繋属し審理をうけ、右異議訴訟原告たる被告が勝訴し本件原告が控訴し東京地方裁判所昭和三六年(レ)第五七九号事件として同裁判所で審理の上控訴棄却の判決が確定したことは当裁判所に顕著なところであるが形式訴訟である請求異議の訴と本件給付訴訟とはその訴訟物を異にし、請求異議訴訟が先に繋属したとしても、本件給付訴訟の提起が二重訴訟の禁止規定に反することにはならないから被告の本案前の抗弁は採用できない。

二、本案について

原告と訴外人らとの間に原告を貸主、訴外人らを連帯債務者とし昭和三二年八月一九日金一五〇、〇〇〇円を利息月八厘、期限後の損害金日歩金四銭、元金は同年一〇月から毎月一〇日限り金六、〇〇〇円宛を利息と共に支払う。支払を怠つたときは期限の利益を失う約で消費貸借が成立したことは(証拠)の一を綜合してこれを認めることができる。

原告は右消費貸借契約に際し、被告は訴外人を代理人とし原告と右契約上の訴外人の債務につき、連帯保証契約を締結したが、訴外人がかりに右代理権がなかつたとしても民法第一一〇条または民法第一〇九条による表見代理と認められる事実があるから被告はその責を負うべき旨を主張するのでこの点につき判断する。

(証拠)を綜合すると、訴外人本間松次郎は昭和三〇年頃から被告と共同で印刷の仕事をやつていたが、他にお茶の店の仕事も手伝つていて、お茶の仕入資金が必要なところから昭和三二年八月一九日原告から金一五〇、〇〇〇円を借入れるに当り、被告の妻に対し事情も告げず被告の了解もないのに「被告に話してあるから被告の印章を貸してもらい度い」と話し、被告の印章を借りうけて、これを使用し被告の印鑑証明書(甲第二号証)の下附をうけ、右消費貸借についての被告の連帯保証人としての委任状(甲第一号証)を作成して原告係員に交付し、被告を連帯保証人とする右消費貸借契約の公正証書の作成を嘱託するに至つたことが認められるだけで、訴外人に原告主張の連帯保証契約を締結するにつき被告を代理する権限の授与があつたことを認定するに足る証拠はない。

(証拠)によれば被告と訴外人とは昭和三〇年から三三年頃までの間印刷の仕事を共同でやつていてその期間の半ば頃に会社を設立して、その会社の運営上品物を注文したり受領証を作成したり手形を振出す場合などに互に自己の印章を貸し合つて押捺したりしていたことがあつたことが認められ、この事実から訴外人が右会社の事務或は印刷業務に関し被告を代理する権限があり、本件連帯保証契約の代理はこの権限を超えて為されたものと考えて見ても権限踰越による表見代理により本人が第三者に対して責に任ずる為には第三者において無権代理人に権限ありと信ずるにつき正当の理由があることが必要であるところ、証人柳沢昭夫の証言によれば本件連帯保証契約締結につき原告において保証人については何らの調査をせず、訴外人の持参した被告の印鑑証明と委任状のみを、疑うことなく信頼して契約を結ぶに至つたことが認められ、右連帯保証契約締結時において、被告と訴外人との間柄が右のとおりであつたかどうかは全く原告の与り知らないことがらであると認めざるを得ない。そうだとすれば原告は訴外人に前記会社或は印刷業務の上で被告を代理する権限あることも知らず右認定の事実が表面上連帯保証契約の代理権ありと信ずるに足る正当の理由ともなり得ないことといわねばならない。

また本件印鑑証明および委任状に押捺された被告の印影は(この印影が被告の印章によつて顕出されたことは被告の認めるところである)先に認定したとおり訴外人が被告に無断で、被告の妻から被告の承諾を得ているかのように装つてその実印を借りうけた上印鑑証明の交付をうけ委任状を作成した事情にある以上、右印鑑証明や委任状を訴外人から原告に交付したとしても、被告が訴外人に代理権を与えたことを表示したことにはならないから、民法第一〇九条または第一一〇条の表見代理による被告の責任を追及する原告の本訴請求は理由なく……。

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